岡田武史氏が母校で講演「人間万事塞翁が馬」
2009年12月12日
2009年12月11日、東京・早稲田大学で、日本代表監督の岡田武史氏が講演を行った。
岡田氏の講演は、ICC(早稲田大学国際コミュニティセンター)開設3周年記念「働く杯」のプログラムとして行われたもの。講演の前には、総勢35名の学生が7チームに分かれ製作した、世界の仕事価値観のビデオ・リサーチが放映された。岡田氏は講演後に行われた表彰式にも参加。優秀賞“ワールドカップ”を受賞した学生チームに、表彰状と記念品の授与を行った。
岡田氏の講演要旨は以下の通り。
◆結果を出しても違和感が残った
自分は、ロジック(論理)を使って選手を指導します。例えば、相手のカウンターアタックに対し、自軍の選手がどのように動くべきかを指導すれば、失点が減り、勝つ可能性が上がります。攻撃面に関しても、相手の守備はまず中央を固めるので、サイドにボールを出すように指示を出します。そうすると得点が増えるので、やはり勝つ可能性が上がります。
選手たちは、自分が指導した通りに動くことで試合に勝てるようになるので、言うことを聞くようになります。しかし、中央が空いている場合でも、選手は何も考えず、サイドへとボールを出すようになってしまいました。これは選手の問題ではなく、自分の指導方法に問題があるのかと思うようになりました。
横浜F・マリノスでの監督2年目は、選手が自由にプレーするようにしてみました。ところが結果が出ず、クビになりかけました。そこで路線を修正したところ、リーグを連覇することができました。監督3年目は選手たちの自主性に任せた結果、中位に終わりました。
本来はJリーグの監督を3年間やって、W杯イヤーは解説者をするのが、自分のリズムに合っているし、お金にもなります。しかし、自分の殻を破りたいという気持ちがあり、4年目の監督を受けることにしました。結局、家族の不幸などもあり、シーズン途中で辞任しました。
4年目のシーズンは成績が悪かったのですが、もしも好成績だったら、辞任などしなかったはずです。そこで、自分の限界を突破できる“秘密の鍵”が見つけるまで、監督をしないと決めました。“秘密の鍵”を見つけるため、空手や古武術、気功や占星術など、あやしいことにまで手を出しました。しかし“秘密の鍵”を見つけることはできませんでした。
◆勘が当たる可能性を上げる方法
“秘密の鍵”が見つからなかったにも関わらず、2度目の代表監督オファーがあったとき、その瞬間に受けることを決めていました。頭で考えたら割に合わないことは分かっていましたが、そのように決意していたのです。加茂さんからは「自信があるのか?」と聞かれたのですが、「自信はない」と答えたら怒られました。しかし、日本代表監督に就任する意思は変わりませんでした。
W杯予選の厳しさは知っているはずでしたが、時がそれを忘れさせていたのでしょう。アジア三次予選の相手を見た時、時間などの制約もあったため「とりあえず、今までの路線を継承しても問題ない」と判断しました。しかし、バーレーンに敗れてしまい、自分の甘さを痛感しました。そこで「自分のやり方でやるしかない」と開き直ることができたのです。
“開き直る”という表現は良くないかもしれませんが、トップの仕事は“決断すること”だけなのです。こういうシステムにしたら勝率は何パーセントで、あの選手を起用したら勝率が何パーセント上がる、といった数値はないので、論理的に考えても答えを導き出すことはできません。そこで重要になるのは“勘”です。
勘が当たる可能性を上げるのに必要なことは、素の自分になれるかどうかだと思っています。他人からどう思われるかを気にしたら、“無心”になることはできません。ですから、選手とは一緒に酒を飲まないし、仲人も引き受けません。選手たちとは一線を引くようにしています。先日、ケープタウンで中田英寿と食事をしたのですが、彼と酒を飲むは、そのときが初めてでした。
人に好かれたいと思う人間には、監督という仕事はできないと思います。2006年、横浜F・マリノスの監督をしていたとき、駐車場で久保の娘が「ジーコ、大嫌い」と叫んでいるのを見た時、つくづくそう感じました。しかし、私心がなく行った選択であれば、そのときは恨まれても、いつかは伝わると信じています。
◆遺伝子にスイッチを入れる
簡単に“無心”になることはできません。しかし、どん底を経験することで、無心になれます。これは、遺伝子に“スイッチが入る”と言い換えることができます。
1997年、まさか自分が有名になると思っていなかったので、電話帳に自分の電話番号や住所を載せていました。その結果、脅迫状や脅迫電話が多数届き、「私、中田さんと結婚したいんですけど」と言い出す来訪者まで現れました。TVで自分が酷評されているのを見て子供が泣き出したりと、追い詰められました。ジョホールバルでは「もし負けたら、数年間は海外に住むことになるかもしれない」と妻に電話をしました。
しかし、そんな電話をした後、突如として吹っ切れることができました。「何で、俺が日本サッカー界を独りで背負っているんだ?」「俺を監督に指名した会長の責任じゃないか!」「負けても俺のせいではない」と開き直ることができたのです。
現代日本のように便利な社会では、ぼんやりとしていても生きているので、自分で“山”を作らないと、“スイッチが入る”ような経験はできません。地球の大きさは変わらないのに、人口は増えていく。将来どうなるか分からないですが、“淘汰”が行われたとき、スイッチが入らない人が生き残るのは難しいと思います。
◆目標設定は10倍重要
2008年8月、札幌でウルグアイと対戦しました。結果は1-3の完敗。リーグ戦の途中で、ベストメンバーを招集できたわけでもなかったので、結果は仕方ないと思いましたが、選手たちの態度に疑問を感じました。「自分は招集されたから試合に出ただけ」「監督に言われた通りにプレーしただけ」と、淡々としていました。
日本代表がなくても、選手たちには、自分のチームという逃げ道があるからです。これをきっかけに、日本代表チームにも、明確な目標とフィロソフィ(哲学)を作ることにしました。クラブチームで監督をしたときは当然、目標もフィロソフィも作っていましたが、代表で作るのは初めてのことでした。
目標設定は非常に重要です。会場の皆さんも目標が重要だと思っているかもしれませんが、その10倍は大切です。日本代表はW杯ベスト4を目標にしていますが、そこから逆算して、「そのブヨブヨした腹で、ベスト4を達成できるのか?」「夜遅くまで酒を飲んでいて…」「痛いからといってピッチに転がっていて…」と、選手たちを指導しています。
フィロソフィは、マスコミがいる前では言いたくないのですが、最近では選手にも浸透しており、口に出して言う機会も少ないので紹介します。
1.Enjoy
2.Our Team
3.Do Your Best
4.Concentration
5.Improve
6.Communication
Enjoy は、サッカーをやる楽しみを忘れるなと言うことです。サッカー選手は小さい頃から、とにかくボールを欲しがっていたはずです。しかし、大きくなるとボールを欲しがらなくなる瞬間がある。近くに相手選手がいるから、ミスが怖いから…。そういう選手の姿は見たくないです。
Enjoy とは、言い換えると、自分の責任でリスクを犯すということです。頭で考えると、ついついリスクを恐れてしまいます。練習では、考えながらプレーすることが重要ですが、試合では勇気を持ってプレーする、考えないことも必要なのです。
Our Team とは、選手1人1人が、日本代表を自分のチームだと思うことです。キャプテンが何かやってくれるなず…、監督が…ではなく、「お前が何とかしろ」ということです。オランダ戦では失点後、「俺は自分の仕事を頑張っています」とアピールをする選手がいました。いくら自分の仕事をしたとしても、チーム全体が負けたら意味がありません。オランダ戦の後、厳しく選手に言ったので、ガーナ戦では2失点後も選手たちが諦めずにプレーしてくれました。
2003年、マリノスの監督をしていた時、自分の構想には合致しないため、全く起用しない主力選手がいました。シーズン終了後、その選手は移籍すると思っていたのですが、移籍金の問題で交渉が難航していました。そこで、その選手に「移籍金を低くするよう、チームに掛け合おうか」と提案しました。しかし数日後、その選手から「やはり、このチームに残って頑張ります」と言われました。
「残っても起用することはない」と思っていましたが、他の選手に悪影響を与えているわけではないので、その選手を残留させない理由はありませんでした。すると、その選手はプレースタイルを180度変えて、再チャレンジをしたのです。プレースタイルが変われば、その選手を起用しない理由はありません。2年目のシーズンは、その選手のおかげで優勝することができました。
選手はスランプになると、モノ欲しそうな目で、コーチや監督の方を見るようになります。選手にアドバイスすることは簡単ですが、そうやって引き上げた選手は、手を離すと再びダメになってしまいます。ですから、自分で這い上がってくるように放っておきます。半分の選手は、そのままダメになり、「あの人は冷たい人だ」と恨まれることになります。しかし、中途半端に手を差し伸べてしまうと、人から恨まれることはないのですが、すべての選手がダメになってしまうのです。
芝生は、人間が水をやらないと、枯れたふりをします。ここで水をやると、見た目は青々とした芝生になりますが、根がしっかりしていないので、簡単にはがれてしまいます。水を与えないことで、しっかりとした芝生が育つのです。ただし、マリノスの時代、芝生が枯れているふりをしていると思っていたら、本当に枯れてしまったということがありました。それだけ、こうした判断は難しいのです。
Concentration は、今できる事に集中しようということです。大上段の戦術理論よりも、選手たちが基本的なプレーを集中して行うことが重要です。実は、そうした小さな積み重ねが、勝敗を分けることが多いのです。
Improve は、あきらめるなということです。もし“壁”が現れたとしても、それは困難ではなく、自分が本気かどうかを試してくれる試練だと思うべきです。
Communication は、「俺はお前を見ている」と伝えることです。チーム全員が仲良ければ、それに越したことはありません。しかし、選手が30人集まって、全員が仲良しということはありません。もちろん、仲良しであることに越したことはないのですが、お互いを認めることができていれば、仲良しである必要はないのです。
Communication の究極は、挨拶です。よく「最近の若者が挨拶できていない」と聞きますが、そんなことはないです。むしろ挨拶ができていないのは、おっさんの方です。こっちが挨拶をしても知らんぷりをされることがあります。また、小さい女の子に挨拶をしたら、全力で逃げられたことがありました。知らないおじさんに声をかけられたら、逃げるように言われているのかもしれません。
◆人間万事塞翁が馬
色紙に何か書いてくれと言われた場合、「人間万事塞翁が馬」と書くようにしています。もしもバーレーンに負けなかったら…、ウルグアイに負けなかったら…。もしかすると、もっと大変なことになっていたかもしれません。大変なことが、良いことを生むかもしれないのです。
そうやって監督をしているうちに、“秘密の鍵”が自分の手のひらにあったことに気付きました。それが何かは、秘密なので教えません。しかし、日本代表監督を引き受けず、ずっと頭で勉強していても、“秘密の鍵”は見つからなかったと思います。
若い人には、チャレンジをしてもらいたいです。とにかく1歩を踏み出してください。ロスタイム(制限時間オーバー)が3分間ありましたが、これで話を終わります。
LINK
ICC開設3周年記念「働く杯」 ~世界の仕事価値観~ ビデオ・レポート& プレゼンテーション 特別講演:岡田 武史氏(早稲田大学国際コミュニティセンター)
(サポティスタ諜報部・渡辺文重)


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